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希望を生み出す支援  国連UNHCR協会広報委員:武村貴世子さん

シリア、及び、周辺国での難民問題は深刻さを増している。同様に、難民はシリアだけでなく世界中で増えている。今回は、国連UNHCR協会広報委員を務めている武村貴世子さんにお話をお伺いしました。

 

武村貴世子さん
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ラジオDJ、MC、ライター。 これまで、FM802、Fm yokohama、FM-FUJIなどで番組を担当。数多くのイベントやシンポジウムの司会はもちろん、ウェブマガジン「アパートメント」でコラムを連載中。国連UNHCR協会広報委員として、難民支援を始め、世界や社会への関心が深く、社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
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最初は全く関心がなかった。きっかけは、カンボジアで受けた衝撃。

【アパートメント】UNHCR (1)
私はラジオDJとしてキャリアを積み、今は、イベントの司会やトークやアナウンスのレッスンの講師も行っています。社会貢献活動に積極的に取り組むようなったのは、丁度、10年くらい前に、カンボジアで旅をしたことがきっかけとなりました。

 

その時のカンボジアでは、12~14時が暑すぎて観光も出来ないということでガイドの方から、一度ホテルで待っているように言われました。私は、2時間ホテルの中にいるのも時間がもったいないと思ったので、外に出ました。バイクタクシーの方に、私は学生だと嘘をついて(笑)、色々なことを学びたいんだと話して、案内をしてもらえることになりました。

 

地雷博物館に行きたいと伝え、そこに向かっていたのですが、ちょっと道を曲がった瞬間に景色が変わったのを覚えています。その2時間の間、手足のない子供たちや紛争の爪痕、貧困を見ました。とあるコンビニの前に、物乞いの女の子がいました。途中までついてきていたのですが、私がコンビニに入ったら、その子供は入ってこなかったのです。彼女は、自分はここに入れないということを知っていたのだと思います。そんな小さな子供が既にそのような行動をしていることに驚き、悲しくなりました。

 

それまで全く関心がなかったのですが、この2時間で初めて世界の現実に触れたように感じ、同じアジアの国の過酷な現実に衝撃を受けました。

 

話す仕事をしている立場として、この衝撃や現実を伝えていかなければと思いました。

 

まずは、日本の国内で出来ることはないか?と考え、日比谷公園で開催されていたグローバルフェスタに行ってみました。そこで、国連UNHCR協会のブースにて、UNHCRの活動や、難民のことを伝えていく講師のボランティアの募集をしていることを知り、講師養成講座を受けることに決めました。

 

国連大学にて、修学旅行の学生向けに難民のことを伝えるボランティア講師をやっているうちに、しゃべることが上手い人がいるということが話題になったみたいで、国連難民高等弁務官事務所駐日事務所のシンポジウムの司会や、J-FUNユースの立ち上げなどに声をかけて頂いたり、難民支援の関わる機会が増えていきました。

 

もともとは全く関心・興味がなかった私が、今は、様々な国際貢献・社会貢献に関連する活動をしているのは不思議に思います。

 

難民のこと、難民を支援することを伝える活動

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私は、今、国連UNHCR協会広報委員を務めています。

国連UNHCR協会とは ・・・・ 国連UNHCR協会は、国連の難民支援機関であるUNHCRユーエヌエイチシーアール(国連難民高等弁務官事務所)の活動を支える日本の公式支援窓口です。UNHCRの活動資金は、各国政府からの任意の拠出金ならびに民間からの寄付金に支えられていますが、もっと広く民間からも支えていこうという機運が世界的に高まり、日本では2000年10月に、民間の公式支援窓口として、特定非営利活動法人 国連UNHCR協会が設立されました。

難民支援と一口に言っても、様々な支援があります。一般的に、難民支援は、3つに分かれています。
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1.難民が発生した際の緊急支援
2.長期化した難民キャンプにおける教育、職業訓練などの中長期支援
3.難民の帰還など、尊厳と平和をもって生活を再建できるような恒久的解決に向けての支援
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国連UNHCR協会では、上記の支援に必要な寄付の呼びかけ、及び、啓発活動を実施しています。国連UNHCR協会広報委員としての私の活動もこの部分にあたります。

 

私が難民支援に携わり始めた頃よりも、現在、紛争や迫害を逃れ、家を追われた人の数が、第二次世界大戦以後、最も多い人数となっています。その大きな要因となっているのが、シリアでの紛争です。

 

地道にこつこつとやっていくべきものがここまでホットトピックスになるとは思ってもみませんでしたので、それ程、深刻な状況があるということだと思います。

 

ミュージシャンのSUGIZOさんとともに、現地難民キャンプへ訪問
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今回、縁があって、ヨルダンに訪問しました。

 

私自身が、難民のことをお伝えするにあたって、今まで以上に現地に行かないと伝える言葉がないと思い、現地に行かなければと感じていました。しかし、難民キャンプを訪問するのは、簡単に許可が出ないものです。そんな折に、ヨルダンでシリア難民の支援活動をしている”サダーカ”の代表、田村雅文さんに「ぜひヨルダンに来てください」と言って頂きました。

サダーカとは

2011年3月からシリアで続いている騒乱は、国連の監視団が入国した後も未だ止む気配がありません。この状況に対して何らかの支援を行いたいと、青年海外協力隊や 明治学院大学の学生等シリア関係者の有志によりこの団体は発足しました。サダーカとはアラビア語で”友情”を意味します。

1)世界中の人々にシリアの日常や彼らの声を伝え、シリアで起きている紛争に終止符をうつための行動を促す。
2)ヨルダンの首都アンマンの最も脆弱なシリア人難民の支援(資金配布、衣類提供、妊産婦支援等)
3)シリア支援にかかわる様々な団体と連携し、シリアの紛争終結のアクションを共に行う。
http://www.sadaqasyria.jp/

この機会にと思い、まず「行きます!」と。その上で、かねてから難民問題に取り組んでいたSUGIZOさんにヨルダンに行きますと報告したところ、「俺も行く」ということになりました。そしてすぐに、国連UNHCR協会に一緒にヨルダンに行くことを伝え、難民キャンプ訪問の許可申請に動き出しました。難民キャンプのアクセスは厳しく制限されています。しかし、今回私達をなんとか行かせようと多くの方が動いて下さいました。そして、UNHCRからアズラック難民キャンプ、ザータリ難民キャンプの訪問許可という大変貴重な機会を頂きました。

SUGIZOさん

日本を代表するロックバンドLUNA SEAのギタリスト、ヴァイオリニストコンポーザーとしてデビュー。2008年より世界的に有名なテクノトランスグループJUNO REACTOR、2009年よりX JAPANの正式ギタリストメンバーとして加入しワールドワイドに活動を続ける。シーンを創世し、ジャンルの境界を壊しながら縦横無断にアートを舞うその美意識は国内外にて圧倒的な存在感を誇る。

そのような経緯がありましたので、何か明確なミッションがある訳ではなく、まず、現地のことを知ろうというのが目的での訪問になりました。

 

言葉を超えて、音楽で繋がった。

ヨルダンにあるシリア人の難民キャンプを訪問した際、象徴的な出来事がありました。

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シリアでアラビア語の先生をしていたバーセムさんの一家を訪問した時でした。地元の楽器(ウード)を演奏できる方で、彼のウードと、SUGIZOさんのヴァイオリンの演奏で即興のセッションが始まりました。

 

何でも合わせてくるSUGIZOさんとセッションをしていて、彼の表情が段々変わってきました。「なんだよ、こいつ、超すげーじゃん!」と、嬉しそうな笑顔になっていきました。日本で大人気のロックバンドのメンバーなんですよと、LUNA SEAのライブ写真を見せたらとても驚いた顔をしていたのも印象的でした。

 

彼は、将来ヴァイオリンを弾いてみたい、もっと音楽を演奏してみたいと話していました。音楽を通じて希望が生まれたことが、今回私たちができた支援だったのではないかと思います。

 

言葉が通じなくても音楽で心が通い合い、SUGIZOさんとバーセムさんは友人になっていました。彼のお父さんは、少ない支援物資を集めて珈琲を入れようとしてくれていましたが、貴重な珈琲を私達が頂くわけにはいかないので、そこまでしなくて大丈夫ですよと話をしたところ、「今度はシリアで一緒に珈琲を飲もう」と約束してくれました。いつかシリアでみんなで珈琲を飲もう。その場にいた誰もが、シリアに平和な未来が一刻も早く訪れることをより強く願う約束となりました。

 

なぜか?を辿って欲しい

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難民問題を考える際に、皆さんに是非、考えて欲しいことがあります。

・なぜ、彼らは難民キャンプにいるのか?
・なぜ、彼は足を失ってしまったのか?
・なぜ、彼らはこういう状況にあるのか?

 

なぜこのようなことになっているのか?

 

それは、紛争が起きているからです。その紛争とは、人間が起こしていることです。この事実を知って、あなたはどう思いますか?

 

UNHCRの職員の方に聞いたのですが、難民の方、誰もが皆が言う言葉は、「難民になるとは思わなかった」だそうです。平和は一瞬で崩れてしまうということです。

 

一刻も早く紛争が終わり、彼らが無事に祖国に帰れることを願って止みません。そのために、和平交渉が実現することを強く望みます。それとともに、私たちに出来る支援がいくらででもあります。

 

今回、一緒にヨルダンを訪れたSUGIZOさんは、音楽で難民の方たちの心に響く支援をしました。私はラジオDJという立場で、見てきたものや感じたものを皆さんに伝えていきます。そんな風に必ずしも言語や知識がなくても出来る支援があることを知って欲しいと思います。サラリーマンの方のビジネススキルが必要になる支援もあるし、女性の子育てや家事の経験は支援を考える上でとても役立ちます。それぞれの得意なことや関心があることが支援に繋がっていく可能性があります。ですから1人でも多くの方に、難民問題について知って、想いを寄せて頂けたらと思っています。

 

今回ヨルダンで出会った難民の方々が自分の国に帰って、笑顔に溢れた生活を送り、誰もが「難民」と呼ばれることのない世界となること。平和を取り戻したシリアで、アズラック難民キャンプで約束をしたバーセムさん一家の家で珈琲を飲むこと。それを目指して、私は自分にできる活動を続けて行こうと思っています。

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