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2016.08.04.Thu

国際協力の仕事を続ける秘訣

※この記事は、2011年12月に取材した記事の再掲になります。
 

インドネシアの母子手帳の普及への貢献など、国際医療の分野の第一線で活躍し続けている中村安秀さん。今回の東日本大震災においても、特定非営利活動法人Health and Development Service (HANDS)の代表として医療支援をずっと行ってきた。中村安秀さんに国際協力、緊急支援の分野にて働くきっかけや秘訣についてお伺いした。

 

 

「インドネシアで出会った村の健康のためにボランティアが意欲的に取り組む姿」その姿を見て素晴らしいと思いました。

 
医者になって10年目くらいの時に、日本以外の国で働きたいなと思ったんです。その時はアジアが面白そうだと思ったんですね。アジアに行きたいと手を挙げたら、当時、JICA(国際協力機構)がインドネシアのプロジェクトで丁度医者を探していたので、そこに入ることが出来たんです。
 
30歳代の真ん中くらいの時だったのですが、実際にインドネシアに行ってみて、インドネシアの村で2年3カ月、村の人と一緒に働きました。村は電気や水道がなく、そこで子どもたちの健康をよくすることがミッション。
 
僕がやっていたのは、「村の健康をよくするんだ」という目的の中で、村に一つしかない診療所の医者と看護師の方だけでなく、村の人々(ヘルスボランティア)と一緒に子どもたちのための健診を行うことでした。(村の若い人たちの中には、まだ20歳くらいの方も参加していました。)
 
ある時、村の子どもの健康の実態を知りたいというので、アンケート調査をやろうという話になりました。「アンケートってなんだ」と言われたので、私がアンケートをインドネシア語で作成したら、「中村のインドネシア語が間違っている」「言い方が難しい」とか赤字で添削されました(笑)。でも結果的に、村の人と一緒に仕事をすることで、村の中で子どもに対する健康や予防医学への関心が高まったんですね。
 
そういう経験をすると、こういう健康を守っていこうという活動は、ボランティアというよりは、とても普通に、何も特別なものではなく、日常の中にあるんだなぁと思ったんですね。
 
一方で、日本に帰ってくると、保健医療という名目の中、専門家がやることが多く、素人が出る幕がないんですね。お医者さん・看護師さん・保健師さんが「私たちはプロですから、何かしてあげる」というどこか一方通行なコミュニケーションになっている。ケアとかサービスとかが、全て一方通行なんですね。受け手にとっては、嫌だったら無視するという、「受ける or 受けない」という消極的な判断しか残されていないという風に感じました。
 
インドネシアでは、予防接種をやっていた時に、医者や看護師さんが注射をするのだけど、診療所に人を呼んできたりするのは、全てヘルスボランティアがやっていました。そして、ヘルスボランティアの方が、「今度は、僕たちが予防接種をやるんだ!」と言っているくらいに積極的なんですね。
 
村の健康のために、ボランティアが意欲的に取り組むということは日本ではあまり見ない光景でした(逆に、日本では、専門家が自分たちの責任範囲と捉えてしまって、ますます大変になって自分で自分の首を絞めているような現状があると思います)。そういう、インドネシアの素朴なボランティア活動を見て、素晴らしいなと思ったことがきっかけの一つですね。

 

 

インドネシアの経験がきっかけで立ち上げたNPO
「後方支援」、「プロフェッショナル」、「一緒に作っていく」ことがキーワード

 
インドネシアでの経験から、日本のように行政サービスが医療サービスも含めて一方通行であり、それがよかった/悪かったと評論家みたいになるのではなくて、それに参加する道筋を作りたいと思ったんですね。
 
そういう中で、国際協力をしながら、私なりにHANDSというNPOの立ち上げに関わってきました。
 
思いはいくつかあって、私たちが他所に行って何か医療サービスをするのではなくて、どの国にも現地の人がいるのだから(どの国にも、お医者さんや看護師さんはいる。レベルがどうだこうだという話はあると思うのだけど、その国にとっては貴重な人材です)、その人たちが力を付けて、その国の人達が中心になって出来るように、僕たちは後方から支援をする。そういう支援をしたいなと思っています。
 
もう一つ、僕たちはプロフェッショナルでありたい。ボランティアというと、アマチュアみたいなイメージがありますが、医療サービスをするのだから、やはりプロフェッショナルでないといけない。それはインドネシアの村の人に教えてもらいました。
 
ヘルスボラアンティアと言っても、彼らはプロフェッショナルでした。健診をする前には、地域が指定するトレーニングを受ける必要があるのですが、私がいた所では、トレーニングを受けても、すぐにはボランティアに参加出来なかった。新人は、インターンという形式でベテランの人の下について、必ず何回か実習をする。「実習を受けてから、1人前になる、だって僕らは保健医療サービスを提供しているのですから」と、ボランティア・リーダーは言っていました。プロフェッショナルには、経験と知識が必要です。それを持っていることを確認してから参加出来るボランティアは、プロフェッショナルだと思います。インドネシアの村人がプロフェッショナルをめざしているのだから、僕ら自身も、プロフェッショナルでやりたい。
 
3つ目は、一方通行の行政のシステムを変更するために、「そのサービスを受け入れるか or 拒否するか」というのではなくて、僕らの方から「こうしたらどうですか」という代替案をカウンター的に提案できる組織にしたいなと思いました。
 
 

国際協力の現場で働くことは、クリエイティブな作業
これがいいなと思って、相手の国と一緒に話をしていると、どんどん実現していくんです

 
僕は外国で働きたいと思っていただけではなくて、自分たちで考えて、思ったことを作り上げるという楽しさを経験したかった。日本ではなかなか難しくなっている部分があるんですね。途上国ではこれがいいなと思って、相手の国と一緒に話をしていると、不思議なくらい、どんどん実現していくんです。
 
例えば、その後、僕が関わりはじめた母子手帳のプロジェクト。1994年からインドネシアで始まったのだけど、15万人の村で実施してみたところ、10年経ったら、それがインドネシア全土に広がりました。今は、スタートから17~18年経っていますが、もう日本政府はお金を出しておらず、インドネシアの国の財源でそのプロジェクトが回っているのですね。
 
そういうことに参画出来るのは面白いですよね。15万人の村から始まって、ひとつの州に広がって、それが更に、全国の33の州に広がって・・・そういうプロセスを相手の国の方と共有出来るというのは、ものすごくクリエイティブだと思います。そのクリエイティブさがたまらなく楽しいのだと思います。
 
 

この仕事を続ける秘訣は、悲観的にならないこと
ないことを探すのではなく、「これは素晴らしいというのを見つけてくるのがプロ」

 
自分の中で、気を付けている訳ではないのですが、人に比べてあると思うのは、決して悲観的にならないことだと思います。もう少し言うと、途上国に行くと分かるのですが、「これが出来ていない」「あれが出来ていない」「薬がない、汚い」など“ないこと”を指摘するのは簡単なんですね。高校生でも分かることです。高校生でも、途上国の学校に行って、何が足りないか挙げてみてごらんと促せば、たくさん挙がるはずです。
 
プロフェッショナルはそうではなくて、これは素晴らしいというのを見つけてくるのがプロなんだと思います。一見、何もないように見えるけど、これが素晴らしいと。
 
もう一つ気を付けていることを話すと、「子どもの目は輝いていた」という風には言わないでおこうと思ったんです。
 
それはインドネシアで暮らしていた時もそうでしたね。パキスタンの難民キャンプにいた際にもそうでしたが、日本から訪問してくれたりする方がいると、アテンドして色々案内をするのですが、一番最後の感想として「子どもの目が輝いていた」と言われるとがくっときてしまうんですね。
 
電気のない村で暮らしている人達、難民キャンプの人達から言わせると、「あなたに目が輝いていたとほめてもらいたくない」と。私も、そのような感想をいう前に、「その人に食糧・水が届くように支援しなさい」と言ったくらいです。難民キャンプの子どもにとっても、褒めてもらうことが嬉しい訳ではなくて、「お腹一杯にさせて」と、きっと言うと思うんですね。
 
そういった厳しい現実を知ってしまった人間は、子どもたちの目が綺麗だということで感動してはいけないと思っています。
 
 

まずはなるべく現場へ。現場に行ったら、色々なものが見えると思います

 
若い人に対しては、関心があったら、なるべく現場に行きなさいと言います。
 
今の若い人は恵まれています。それは、若い人たちのせいで恵まれているのではなくて、色々あっても日本は経済大国なので、まだまだ恵まれています。ちょっとしたボーナスを貯めたり、アルバイトを頑張るだけで、途上国に行くことは出来るんですね。そして、現場を見れるんです。何かしたいと思ったら、とにかく、見た方がいい。それは震災も一緒だと思います。何かしたいのだったら、出来るのだから、現場に行ってください。現場に行ったら、色々なものが見えると思います。
 
これは厳しい言い方になるかもしれませんが、現場を知らずに、勉強もしないで、それでいてお金以外に何か協力出来るものはありますかという人は、たまにいたりするのですが、厚かましすぎると思います。
 
僕らはいくら頑張ってみても、他所ものですよね。アフガニスタンの難民キャンプで一生懸命支援をしたとしても、僕らは難民になる訳ではないのです。やっぱり他所者は他所者の限度があるし、逆に他所者なんだから出来ることもあるし。
 
支援は、相手のおうちに土足で踏み込む行為です。その遠慮深さというのは持っておいた方がいい。私たちは良いことをしにきたのだからと、正義を振りかざして、土足で踏み込んでいくような支援をしない方がいいと思います。
 
 
 

インタビュイー:中村安秀さん
HANDS代表
 
大阪大学大学院人間科学研究科国際協力学教授。1952年和歌山県生まれ。77年東京大学医学部卒業。都立府中病院小児科、東京都三鷹保健所などを経て、インドネシアJICA専門家、パキスタンUNHCR職員など、途上国の保健医療活動に積極的に取り組む。東京大学小児科講師、ハーバード大学公衆衛生大学院研究員、東京大学医学部国際地域保健学助教授を経て、99年より現職。国際保健、緊急人道支援、母子健康手帳など関心分野は広いが、どこの国にいっても子どもがいちばん好き。
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