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2016.05.03.Tue

東ティモールの事例から今後の国際協力を考える 伊勢崎賢治&瀬戸 義章 トーク&JAZZLive

この記事は、2013年8月25日に開催したイベント:「東ティモールの状況や現在取り組まれていることを知るとともに、今後の途上国で展開されるビジネスの今後を考える」をレポートした記事になります。※この記事は、2013年9月24日に公開された記事を再掲したものになります。

■東ティモールの過去 ~伊勢崎賢治氏の経験から~

▽東ティモールの独立の経緯

東ティモールは27年間もインドネシアの統治下に置かれ、弾圧が行われてきました。

インドネシアのスハルト政権が倒れた後、インドネシア自身で民主化の動きが活発化します。そんな中、その強硬な占領政策にも変化が生まれ、独立のための抵抗運動の激化、それを支持する国際社会の圧力もあり、遂に、インドネシアが折れた。国連が東ティモールで独立か否かを問う住民投票を実施することに同意します。これが1999年の8月です。そして、住民の8割以上が完全独立に投票しました。

ところが、占領時に、ティモール人を支配するために、優遇されていた一部のティモール人民兵達が、――いわゆる分割統治というやつですね――、パトロンが去った後の復讐を恐れて、最後の残虐行為を働いた。この時の破壊は、非常に広範囲に及び、東ティモールは、文字通り、焦土と化しました。そこから、新しい国家を誕生させるという、大いなる実験が始まり、国連が暫定行政府を作ることになったのです。東ティモールには13の県があり、私はインドネシア領西ティモールとの国境にあるコバリマ県の県知事に任命されました。

2003年には東ティモールは国連の暫定統治から独立します。暫定統治とは、極めて簡単に言えば、日本の戦後GHQのようなものです。それを国連がやりました。日本の場合は、ちゃんとした政府もありましたし、優秀な日本人が軍部も含めて残っていた。でも東ティモールの場合は、インドネシア統治下の間、東ティモール人の地位が非常に低かったんです。何もさせてもらえず、行政能力はまったくなかったため、われわれ国連が行政の全てを担い、人材育成も含めて、来たる完全独立に備えました。

▽当時、一番初めにしなければいけなかったこと

一番初めにするべきことは警察をつくることと、刑務所をつくることです。社会インフラが崩壊し焦土のような状態でも、人間が集団でいる限り一般犯罪は必ず起きるんです。取り締まらなければ、どうなるか? 悪いことしてもいいんだ、というふうになります。いわゆる無政府状態です。じゃ、捕まえるだけでいいのか? 捜査しなければなりませんし、法の裁きを受けさせなければならない。その間、どうするのか。ちゃんとした留置施設が必要です。イスに縛っておくわけにはいきません。最終的にも刑務所もつくらなければ、法の示しがつきません。

しかし、なかなか刑務所づくりにはお金が出ないんですね。国際援助って、小学校や病院をつくるといった「癒し系」の事業にはお金が集まるんですが(笑)、刑務所をつくるとなるとさっぱりです。

元の行政府の建物も全て壊されてしまったので、ぼくらは、急遽国連が空輸したプレハブを県庁舎にして勤務していたんですが、しょうがないから勤務スペースを削って、留置所にしたんです。拘置所にいる人もお腹が減るじゃないですか。エアコンの効いた部屋に居座っているニューヨーク国連本部の人間には想像力がないので、そういった予算はそもそも想定されていない。ですので、ぼくらは自分達でカンパし、罪人たちに飯を食べさせてたんです。

▽21世紀最初の非武装国家への夢、挫折

焦土から新しい国家をつくる。国民の保健や教育を担う行政を立ち上げるのはもちろんですが、一番大切なのは、われわれ国連の武力に依存することなく社会の法と秩序を維持するための能力をつけることです。つまり、健全で適正規模の国軍と警察をどうつくるかです。東ティモールの場合は、「国軍は必要ない」という結論をぼくらは出しました。のちに最初の大統領になるシャナナ・グスマンも、「東ティモールは21世紀最初の非武装国家を目指す」と言っていたんですが、どういうわけか、今は国軍があります。

国軍というのは、外敵脅威があるから必要なわけで、東ティモールのような小さな国を誰が襲うのか? 島国ですからね。襲うのは海賊くらいだと思いますし、国軍じゃなくても海上保安庁を作ればいいだけです。

“敵国”インドネシアは、どう考えても攻めて来ません。自身の民主化が急速に進み、経済的にも責任あるビックパワーになろうとしている、東ティモールを再占領するなんて愚行は、地政学的に考えられません。

ですから、ぼくと国連平和維持軍は、国境上でインドネシア軍と信頼醸成の会議を定期的に設けながら、国境を段階的に非武装化しました。国連平和維持軍は永久に居座るわけにはいかないので、段階的な撤退に歩調を合わせてインドネシア軍にも協力してもらいました。結果的に、非武装化した国境を新国家東ティモールにバトンタッチするという計画です。

ところが、仮想敵国があいまいなまま、とりあえず東ティモール国軍がつくられてしまい、国連としての信頼醸成作業は挫折しました。そして、2006年には、その国軍がクーデターを起こします。ぼくは非常に辛いです。あの時もうチョット踏ん張っていれば、21世紀最初の非武装国家は夢ではなかったとも思います。

軍と言うのは国家予算の中でもかなりの金食い虫です。ぼくは軍というものを全面的に否定する立場は取っていません。「非戦」主義者ですが、非戦のために必要な武力行使もあるという点で、非戦と非軍はイコールでないという立場です。でも軍事組織というのは必要最小限の方がいいに決まっています。だから、軍の規模を正当づける外的な脅威をしっかり査定しなければならないのですが、東ティモールの場合は、査定の努力とは全く違ったポリティックで、国軍が誕生してしまいました。

なぜ、われわれ国連も、当時のシャナナも非武装国家を目指していたのかというと、そもそも外的な脅威が、どう考えても想定できなかったからです。こんなに小さな国に、警察と機能の棲み分けが明確でなくなる暴力装置をもう一個つくってどうすんだと。この考えは広く東ティモール人のリーダー達全般に受け入れられていたと思います。

しかし、完全独立が近づくにつれ、新たなポリティックスが出現します。排他的ナショナリズムの出現です。国連から統治のバトンタッチをされる東ティモールのリーダー達は、国民に対して良いカッコしなければならないわけで、国連の方が良かったとは絶対思わせたくない。国民からの帰依が喉から手が出るほど欲しい。求心力ですね。これは、日本でも、韓国でも、どんな先進国でもそうであるように、自分たちの落ち度から国民の関心を反らすに一番良いのは、外敵をつくることです。

そこで、全く実体のないインドネシアの脅威を煽ったわけです。インドネシア軍が民兵テロリストの軍事訓練をやっているなどのデマまで流して。その状況に、この新生独立国家に既得利権をつくりたいオーストラリアと旧統治国のポルトガルが乗り、軍事支援を申し出た。ホント、バカバカしい。こうして、東ティモール国軍が誕生。その後、予想どおり、クーデターを起します……。

東ティモールの今 ~瀬戸 義章氏の現地に行ったお話から~

▽インフラ状況

首都であるディリはすごく発展していました。映画館もできたそうですし。ところが地方に行くと、先ほど伊勢崎さんが仰っていたように、インドネシア軍が撤退するときに焼き払っていった建物の廃墟が10年たった今でも残っています。

また、私が気がついたのは、村に行く途中に電信柱が立っているのですが、そこに電線が張られていないんです。これはインドネシア軍がインフラを破壊した痕で未だに電気も通っていないと。私にとって、非常に生々しい体験でしたね。

▽市民の様子

みなさんが今東ティモールにどういうイメージを持たれているのかを知りたいですね。結構よく聞かれるのが、「そんな危ない国行って大丈夫? 紛争していたんでしょ? 」という意見です。ですが、クーデターがあったのが2006年で、それからもう7年経っています。現在の東ティモールについては、個人的に「危ない」という認識はないです。日本だって市長が殺されたり、殺人事件が起きたりしていますよね。

ぼく達が来た時には地域の皆さんが歓迎してくれて、民族衣装を着て女の子達が踊ってくれましたが、現地では、基本的にみんなTシャツとジーンズを着ていています。歓迎の様子を住民の方が見に来て下さったのですが、携帯電話で写真を撮っている若者がいたりして、日本と似ているなぁと思いました(笑)。

現地にはキオスクというコンビニのようなものがあり、意外と品ぞろえもしっかりしています。人口3000人の村に5、6件立っていて、日本のコンビニ並みの便利さです。「お金があればキオスクを開店したい」と住民の方からよく聞いたので、人気商売なのかもしれません(笑)。

▽瀬戸さんが東ティモールで取り組んだこと

つくったのはスマートフォンのアプリです。東ティモールはスコールが多いので、道路を作ってもすぐ壊れますし、山がちな国なので交通が非常に不便です。ですから、運送費が高いことが現地における問題の一つです。

運送費が高くなると、農家や酪農家の商品が市場に売れません。デリバリー会社が東ティモールにはないので、運ぼうとおもったらトラックをチャーターする必要があります。その料金が350ドルで、農民の平均月収が50ドルですから、7か月分の月給並みです。ですから、彼らはいままで市場にアクセスすることが困難でした。どうせつくっても売れないとなると、産業は発展しませんし、いつまでたっても貧しいままです。

その問題点を解決するためにスマートフォンのアプリを解決したんです。村には毎週金曜日に、村のキオスクに商品を卸しに、街からトラックがやってくるんです。街で荷物を積んで各村のキオスクに商品を置いていくと、当然荷物は減っていきますよね。トラックは空になって街に戻ってきます。この帰りの空になったトラックで、地方の生産物を運ぶことができれば非常に効率的です。

ぼく達が開発したアプリは、トラックのドライバーさんが帰る時に2回タップするだけで、「今から帰るけど乗せてほしいものはありますか」というショートメッセージを地元の農家さんの携帯に一斉送信することができる、というものです。ちなみに、東ティモールで携帯なんて使えるのとお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、農村部の人たちの携帯普及率は40%程ですから、割と普及しているんですね。

ぼく等は、情報を集めることで、モノを効率的に動かせるような仕組みづくりに取り組んだと言えます。住民の方からも、東ティモールは大家族が多いので、連絡網として使えるのではと、彼ら自身も様々な使い方を発明してくれました。

~東ティモールの状況をシェアし、東ティモールの未来を話し合った後に国際協力の在り方自体へと展開していった~

 

瀬戸氏:「ファブラボ」というのは、「ファブリケーション・ラボラトリー(Fabrication Laboratory)」の略で、ものづくりの実験工房という意味合いです。市民に開かれたオープンなものづくりのための工房で、2002年にマサチューセッツ工科大学がスタートさせました。今世界50ヶ国で200ヶ所程で展開し、日本だと鎌倉、筑波、仙台、大阪、渋谷にファブラボはあります。

FabLab Japan:http://fablabjapan.org/

カンナやノコギリだけではなく、3Dプリンターやレーザーカッターなど最新の機器がそろっており、誰でも簡単にモノ作りにアクセスすることができます。たとえば、途上国の人びとの中には、アルミやプラスチックといった素材をゴミの中から拾い集め、生活している人もいます。このような素材を加工することを彼ら自身でできれば、素材に付加価値を乗せ、より大きな売り上げを得ることができます。

たとえば、フィリピンなどでは、プラスチックが原料のお菓子のごみが沢山落ちています。ゴミを原料に、ファブラボでプラスチックを溶かし、カラフルな糸を作ることができます。また、加工する機械もあるので、糸を編み込み、オシャレなポーチなどを作り販売すれば、より多くの所得を得ることができますよね。なんだか、みなさん、お話を聞いていてきょとんとされていますが(笑)、そういった世界的な潮流がまさに起ころうとしているんです。

伊勢崎氏:ぼくは「国際協力」っていう言葉自体にすごく懐疑的になっているんです。「国際協力」という概念は、70年ほど前に国連の誕生と共に生まれましたが、結局、「援助業界」と「援助官僚」がどんどん拡大するばかりで、何も解決してない。たぶん「国際協力」を一度ぶっ壊してみるぐらいの大変革が必要でしょう。だいたい、この業界、「文系」が多すぎる! これから必要なのは、理系のアイディアじゃないのかな。

もう、文系の大学に「国際協力学科」なんてつくるべきじゃないと思う(笑)。ぼくが勤務する東京外大の大学院の「国際協力」なんて、もう、定員割れが続いているから、ぶっ壊すにはちょうどいい時期かもしれませんね。

考えてみればおかしいですよね。開発に必要なことの大部分は理系なのにね。そもそもイノベーティブな能力に欠ける文系が取り仕切ったおかげで、この業界が硬直した官僚化したんでしょうね。

瀬戸氏:ファブラボが、まさに理系のプラットフォームの一つになればいいなと思っているんです。今まで国際援助とか別に興味がないなと思っていたけれども、途上国のフィールドはなんか面白そうだなと思っている理系のエンジニアや技術者がファブラボに滞在できるんですよ。今まで海外で何かしようと思ったら、それこそ国際援助的なNGOとかそういう文系の組織しかなかったわけです。理系の人がなんか現地で何かやれる受け皿がなかったんですよね。

しかし、ファブラボが受け皿になれば、現地にいるからこその視点で、水汲みをしやすい機械を考えるだとか、ポンプの作り方を改良するだとか、現実的に地元の人の役に立つことができると思うんです。日本では、作り手と消費者が切り離されていますが、途上国では、自分の作ったものが役に立って、生活が改善していく様を、実感として感じることができます。目の前で人が喜んでいる姿を見ることができれば、誰だって嬉しいものです。お互いがハッピーになれるような繋がりが生まれていくのではと思いますね。

 

伊勢崎賢治 ( いせざき・けんじ )さん
職業 東京外国語大学大学院「平和構築・紛争予防講座」担当教授
経歴 1957年東京都生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。東京外国語大学大学院「平和構築・紛争予防講座」担当教授。国際NGOでスラムの住民運動を組織した後、アフリカで開発援助に携わる。国連PKO上級幹部として東ティモール、シエラレオネの、日本政府特別代表としてアフガニスタンの武装解除を指揮。著書に『インドスラム・レポート』(明石書店)、『東チモール県知事日記』(藤原書店)、『武装解除』(講談社現代新書)、『伊勢崎賢治の平和構築ゼミ』(大月書店)、『アフガン戦争を憲法9条と非武装自衛隊で終わらせる』(かもがわ出版)など。新刊に『「国防軍」 私の懸念』(かもがわ出版、柳澤協二、小池清彦との共著)

瀬戸義章 ( せと・よしあき )さん
職業 作家/ジャーナリスト/tranSMS代表
経歴 1983年、神奈川県川崎市出身。長崎大学環境科学部卒業。都内の物流会社でリユースビジネスの広報に携わった後、独立。東南アジアのリサイクル事情や、東日本大震災の復興の様子を取材して歩く。2012年、発展途上国向けのプロダクトデザイン&ビジネスコンテストである「See-D Contest2012」にて最優秀賞をチーム「tranSMS」の仲間と共に受賞し、2013年から東ティモールへの導入・実施を始めている。著作に『「ゴミ」を知れば経済がわかる』(PHP研究所)がある。

チャリティジャパン
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