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「当事者としてビジネスの環境問題に対する取り組みに一石を投じる」 パタゴニア日本支社 支社長 辻井 隆行氏インタビュー

【大学卒業後、自動車部品の会社に入社するも3年で退職。浪人生活を経て早稲田の大学院に入学。そこで出会ったシーカヤックが縁でパタゴニアにてアルバイトを始め、そこから日本支社支社長になられたユニークな経歴をお持ちの辻井さん。パタゴニアの理念でもある環境保護と企業経営の両立を実践する社長として、各方面から注目されておられます辻井さんにパタゴニアの環境保護に対する取り組みやそれを軸とした企業経営の在り方、これからの方向性について、鎌倉の店舗の上階にある本社オフィスで伺いました。】

 

 

1.環境保護ということがパタゴニアというブランドのキーワードとなっておりますが、その背景となる企業理念や世界観についてお聞かせください

 

パタゴニアは地球上に存在する多くの社会問題の中でも、環境問題が最も重要だと考えています。もちろん、景気対策とか雇用の問題など、世界にはいろいろな社会問題がありますが、その解決の大前提として、地球が健全な状態であることが必要だと考えているからです。本来は全ての問題に対して取り組むことが出来れば良いのですが、全てはできないので、まずは環境保護にベースにおくことにしています。

また、企業として矛盾したことを言うようですが、環境破壊や人間の持続可能性を奪っている主要な要因は、パタゴニアも含めて、経済活動にあると私たちは考えています。

地球上には約70億の人が住んでいますが、中には自給自足的な生活をされている方などを筆頭に、あまり経済活動に関わらずに生きている方々も存在します。しかし、経済活動の影響をまったく受けない人は地球上に一人もいません。

例えばツバルという島国が、海面上昇によって国土消滅の危機にさらされていることは有名です。その原因は、主に先進国のこれまでの経済活動によって引き起こされたと考えられており、住人自身が大きな原因を作った訳ではありません。

別の例として、海洋汚染の問題も挙げられます。海洋哺乳類は、グリーンランドの先住民にとって貴重な栄養源の一つですが、先住民のお母さんの母乳からたびたび水銀が検出されているという報告があります。ヨーロッパ諸国の工業排水が西グリーンランドに流れる暖流にのって流れ着いた結果だと考えられています。

現在の経済活動を支える中心的な仕組みの一つに株式市場が挙げられますが、そこで重要視されていることは株主に還元する利益を最大化することで、そのためには多少の犠牲はやむを得ないというのがこれまでの経済活動がやってきたことです。ツバルやグリーンランドなどもそういう犠牲の一例だと思うんです。

現場での環境保護活動が大切なのは言うまでもありませんが、敢えて誤解を恐れずに言えば、それだけでは「焼き石に水」のような状態だと感じていて、根本的には経済活動というもののあり方、メカニズムが変わらない限り、本質的な解決にはならないのではないかと思っています。

経済活動の当事者から「従業員の生活がかかっている」「会社の存続がかかっている」という議論が沸き起こるのも当然です。ですので、今の経済活動のあり方に対して「そのやり方は間違っている」と外野から叫ぶのではなく、その既存のメカニズムの中で、一定の結果を出すことが一番説得力を持つ方法だと考えています。その意味で、環境保護を最大限の注意を払いながら、経済活動で一定の成功を収めることが大切だと考えているんです。

パタゴニアには私たちが目指すべき姿を言葉にしたミッションステイトメントがあります。

–        最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する

このミッションを掲げながら経済活動を行うことは、一見、時間や資金、手間がかかって、効率も悪いように映るかも知れません。しかし、この方法でビジネス的な成功を収めれば、現在の経済活動のあり方に一石を投じることが出来るかも知れないと考えています。実際に、過去10年でグローバルのセールスはおよそ2倍に成長しています。その10年を経て、50を超える大企業と持続可能なアパレルビジネスの枠組みについて意見を交換し、具体的な取り組みをスタートさせるまでの成果を上げています。

 

 

2.他の企業にもパタゴニアの環境保護活動を実施してもらうことを期待している

そうですね。その証拠という訳でもないですけど、企業秘密がすごく少ないんです。

成功事例は他の企業と共有していく、というのが私たちの基本的な考え方です。例えば1996年にパタゴニアは、コットン製品に使う原材料を全てオーガニックに転換しました。当時は、オーガニックコットンは一般的でなく、転換を決めてから実現までに2年以上の歳月を費やしました。しかし、その間に蓄積されたノウハウやコネクションを独占するのではなく、同業他社に積極的に紹介することでオーガニックに転換する企業が増えることを期待したのです。

今日、僕が着ているシャツとパンツもオーガニックコットンですが、1996年当時は、全製品の20%を占めるコットン製品を賄うだけのオーガニックコットン生産者がいなかったんです。

通常、コットンを栽培するには、大量の農薬と枯葉剤使います。土地だけでなく、従事者の健康にとっても非常に影響が大きい。コットンの原料である綿花には30種類もの害虫がいて大量の農薬と殺虫剤が必要な上、苦労して育てた綿花を機械で収穫するのに邪魔になる密度の濃い葉を事前に落とすために枯葉剤が使われます。20世紀の戦争で使われた神経兵器の主成分と同じ、有機リン酸エステル系の成分が含まれているものも多くあります。

いずれにせよ地球上の耕地の1%~2%(94年当時)で栽培されているコットンが、世界の殺虫剤の10%、農薬の20%以上を使っているっていうことがわかり、私たちはオーガニックコットンへの転換を決めました。

農薬や枯葉剤の使用を抑えようとすると、害虫駆除を人が管理し、綿花を手で収穫しなければならないため、コストが高くなります。人件費という先行投資が必要な上、価格が高くなるために顧客を失う可能性もあるオーガニックへの転換に、農家が二の足を踏むのは当然でした。

そこで、当時のパタゴニアは、農家、紡績業者、生地生産者といったサプライチェーンと綿密なコミュニケーションを取り、オーガニックへの転換のリスクとメリットを徹底的に話し合いながら、私たちの需要を満たすだけの供給を実現しました。

私たちはこうして出来上がった「仕組み」をオープンにすることで、「オーガニックコットンに転換する」というトレンドを作りたいと考えました。

結果として、98年に私たちを訪ねてきた米国の大手スポーツウェア・ブランドが、彼らのコットン製品の1%相当をオーガニックに転換するという動きにつながりました。

彼らの1%は、パタゴニアのコットン製品の全売上高と同じくらいでしたから、結果として、パタゴニアの取引先と同じくらいの規模の農家の方々がオーガニックに転換することを間接的に後押しすることが出来たのです。これがビジネスを手段として、環境問題の解決に取り組む一つの具体的な事例です。

 

 

3.現在の経済活動のメカニズムが環境破壊の最大の要因であるということですが、その背景には環境コストをビジネス活動の中で定量化できていないというところがあるかと思いますがいかがでしょうか

それは一つ要因としてあると思います。しかし状況に変化の兆しはあります。Harvard Business Review 2011年10月号(日本語版2012年3月号)にパタゴニア創業者のイヴォン・シュイナード、環境担当副社長のリック・リッジウェイ等が寄稿した記事にこんな言葉が出てきます。「最も低価格のTシャツが、地球や社会への悪影響が最も少ないTシャツでもある、ということが可能になったとしたらどうか。」

パタゴニア辻井さん_2

 

今は、環境負荷に十分な配慮をしないで作られたTシャツは安価で販売され、反対に、出来るだけ配慮したTシャツの価格は必然的に高くなっています。前者には製品を作るために本来事業者が払うべきコストが内部化されておらず、後者の価格にはそれが反映されているからです。

コストの内部化というのは、例えば、オーガニックコットンを使用する、河川汚染や健康被害を引き起こすような染色剤の使用を避ける、生産工場に一定の環境的・人権的基準の遵守を課すというようなコストを負担するといったことです。

現時点では、最も安価なTシャツの価格には、コットン生産における環境的な負荷、例えば農薬の使用による土地へのダメージや生産者の健康被害に対するコストは入っていません。そうした問題の解決にかかるコストは、多くの場合、生産者や環境保護団体などによって負担されているのが現状です。

こうした全体像が明らかになると、その理不尽さは当たり前のように理解できると思うんですが、今までは「生産者」と「消費者」の間で起きている様々な出来事がブラックボックスのように見えない構造になっていましたし、そうしたブラックボックスに関心を持つ消費者も多くはありませんでした。

しかし、この記事では、そういう時代はもう長くないぞ、こういった環境コストを販管費の会計項目として取り入れる時代は必ず来るぞ、環境への負荷がコストや製品の値段に反映されることが当たり前になる時代は思ったより近いぞ、ということが主張されています。

それが現実になれば、早くから環境負荷の軽減に真剣に取り組みながら経済競争に勝ち抜いてきた企業にはノウハウが蓄積され、逆の企業にはコストを抑えることが術がなくなるだとうと予言しています。それが、「最も低価格のTシャツが、地球や社会への悪影響が最も少ないTシャツでもある」という言葉で象徴されています。

環境負荷がコストとして企業会計に反映することはまだ一般的ではありませんが、環境コストを「見える化」する活動は既に始まっています。パタゴニアや小売り大手、大手アパレル・ブランド等50数社が「持続可能なアパレル同盟」(SAC: Sustainable Apparel Coalition)に加盟し、バリュー・チェーン・インデックス(VCI)の製作と共有に取り掛かっています。

原料生産者、紡績業者、生地や縫製工場、輸送業者等それぞれの社会的問題や環境に対する配慮をインデックス化して、これらの企業がVCIで評価された企業に業務を発注することで、アパレル業界の持続可能性を高めようという取り組みです。これもパタゴニアがイニシアチブをとって始めたプロジェクトの一つで、私たちの「良い成功事例は多くの企業にシェアされるべき」だという哲学の一つの形だと思います。

現在、アパレル業界では、取引先の工場リストを公開するのは一般的ではありません。公開すれば、ライバルメーカーに生産キャパシティを奪われてしまうリスクがある。だから、取引先工場に関する情報は「大事な企業秘密だ」ということになっています。

ですが、例えば、今、国民の関心事になっている原子力発電について、電力会社に「原発の危険性やリスクについて教えて欲しい」という質問をして、「それは企業秘密だから答えられない」と言われたら、多くの国民が怒ると思うんです。原発の問題は、自分自身のリスクと直結していて、是非を問うには、発電のメリットとデメリットを知ることが必要だと考えるからです。

しかし、衣類の場合には、消費者自身にリスクが降りかかることはないと考えられているので、生産や製造の背景は曖昧にされたままになっています。誰が環境や生産国における社会的なコストを払っているのかが消費者側からは見えないし、見えないがために「知ることが出来れば、環境汚染や児童労働などに加担したくない」と考えている消費者が主体的に選択することすら出来ないのが現状です。

コットンの主要産地の一つにインドがありますが、その労働力の多くは子供、特に14歳以下の女の子が担っています。農薬や枯葉剤による健康リスクを背負いながら、学校にも行けず、生活が将来に渡って改善しないままになる。また、途上国では、ほとんど監禁に近い状態で休みなく毎日10時間以上も労働を強いられている子供たちが大勢います。問題は、こうした真実が消費者に知らされておらず、消費者は悪意がないまま、更に悪循環を加速させる後押しをしてしまっていることです。

原子力発電の例で言えば、僕を含めた首都圏で電気を消費する人々の多くは、まさか原子力発電所を持つ周辺住民や関係者の方々に、結果としてあれだけのリスクを押し付けていたとは考えていなかったと思います。

電力にしろ、食料にしろ、衣類にしろ、そういうつながりを明らかにする仕組みが出来れば、少なくとも消費者は自覚的な選択が可能になります。僕自身は、そのような選択肢を消費者に与える仕組み作りが大切だと感じています。

ブラックボックスを全部オープンにして、共有してしまえば、あとは正当に品質の良いものを可能な範囲で安価に製造販売するところが、正当に評価される。それが本当の企業努力だと考えています。

それから、企業に資金を提供する投資家側における変化も出てきています。「環境コストを正当に負担するような企業こそ最も持続可能性が高い」という理解が進み、中長期的な視野で投資を行うようなあり方です。

今、お話したように、経済活動のメカニズムが変わるための大切な要素である、

–        環境コストが定量化されること

–        インデックス等によりバリューチェーン全体における取り組みの状況が企業間で共有されること

–        環境に配慮する企業への投資が増えること

の3つが三位一体で連動していくと本当に時代は変わるのではないかと考えています。

 

 

4.売上高の1%を環境保護のために使うルールがあるということですが、これはどういう基準に基づいて策定されたのでしょうか。かなり負担が大きい額だと思いますが。

パタゴニアは、私たち自身が「汚染者」であるという認識のもと、ビジネスを行う誰もが支払うべきコストがあると考えているのは先ほどお話した通りです。1%の寄付を始めた1985年当時は、利益の10%か売上高の1%、どちらか多い方だったのですが、現在では分かりやすく売上の1%となっています。

フィランソロピーというのは、利益が出たら社会に還元しようという考えですが、私たちはビジネスを行う上で地球に支払うべき税金のようなもの、「地球税」と捉えて、利益の有無に関わらず1%を環境保護活動に寄付することにしています。日本での寄付先リストは、ウェブサイトでもご覧いただけます。

この寄付活動も、パタゴニアのような規模の企業一社では力不足なので、活動の輪を広げようということで、1% for the planetという取り組みを進めています。2001年にイヴォン・シュイナードと、モンタナの小さなフィッシングショップのオーナー、クレイグ・マシューズが二人で立ち上げたのですが、今では、世界で1,500社のメンバー企業が加盟しています。日本での加盟企業はまだ50社くらいなので、これを広げたいなと思っています。

もし企業会計の中に、既に環境に対するコストが完全に定量化されて含まれていれば、わざわざ別途1%を捻出する必要はないのかも知れません。しかし、パタゴニアも含めて、現状がそうでない以上、売上高の1%が十分な金額かどうかは証明できませんが、全てにおいて出来るだけの努力をする、という姿勢でやっています。例えば、日本支社では2006年以来、自然エネルギーを促進するためにエナジーグリーン株式会社からグリーン電力証書を購入するなどの取り組みをしています。

 

5.今のパタゴニアの在り方、お金の使い方は環境保護のためにベストな形になっているとお考えですか?

インタビュー_辻井さん③

イヴォン自身も、実はそれを自問自答したことがあったようです。90年代初頭、アメリカが景気後退に陥ると、パタゴニアも大きな経営不振にあえぎました。自己流の経営を貫き通してきたイヴォンが、初めて著名なビジネス・コンサルタントに相談に行きます。「あなたは一体ビジネスを使って何を実現したいですか?」と聞かれたイヴォンは「地球を救いたい」と言ったそうです。コンサルタントは「あなたは嘘つきだ。もし本当なら、会社を売却して、自分が生きていくための資金を残して売却益を全て寄付してしまえばいい」と言われたそうです。イヴォンは悩んだ挙句、ビジネスを続けることにしたんです。

もしイヴォンが当時、コンサルタントの指摘した通りに会社を売却していたとしたら、環境保護団体に寄付できた金額は91年から現在までにパタゴニアが寄付してきた総額の足元にも及ばなかったとはずです。更に言えば、リサイクル素材のフリースを作ることも、オーガニックコットンへの転換の先陣を切ることも、持続可能なアパレル産業同盟の発足に主要な役割を果たすこともなかったと思います。

イヴォンの決断は、後に、多くの企業や起業家に少なくない影響を与えることに繋がりました。その意味で、パタゴニアがビジネスの世界にとどまったことには大きな意味があると感じています。やはり、ビジネスのあり方を見直すには、外野からではなく、「ビジネスを手段として」使いながら、他の企業と共に新しい世界の在り方を模索することが最も有効な方法であると私たちは考えているからです。
インタビュイー:辻井 隆行 氏  ( つじいたかゆき )さん パタゴニア日本支社長

1999年、パートタイムスタッフとしてパタゴニア東京・渋谷ストアに勤務。2000年に正社員となり、パタゴニア鎌倉ストア勤務を経て、マーケティング部に異動。し、「プロセールス・プログラム」「アンバサダー・プログラム」などの新規プロジェクトを立ち上げる。その後、ホールセール・ディレクター、副支社長を歴任し、2009年3月よりパタゴニア日本支社支社長。パタゴニアは、70年代から環境保護活動に世界規模で取り組み、総売上の1%を環境保護団体に寄付する活動を85年からスタートさせるなどCSR活動のパイオニア企業

※このインタビューは、2012年11月7日 に実施されたものを再掲したものになります。(記事は取材時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

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