Loading...
2016.09.05.Mon

人間は、違う未来を見たかったのではないか? フォトジャーナリスト:佐藤慧(さとうけい)さんインタビュー

フォトジャーナリストとして活躍を続ける佐藤慧(さとうけい)さん。
彼が何を考えて、写真を撮り続けているのか?
その背景にある哲学について話をお伺いしました。

————————————————————————————
佐藤慧さんプロフィール

1982年岩手県生まれ。studioAFTERMODE所属フォトジャーナリスト、ライター。

世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、紛争、貧困の問題、人間の思想とその可能性を追う。言葉と写真を駆使し、国家-人種-宗教を超えて、人と人との心の繋がりを探求する。アフリカや中東、東ティモールなどを取材。東日本大震災以降、継続的に被災地の取材も行っている。2011年世界ピースアートコンクール入賞。著書に『Fragments 魂のかけら 東日本大震災の記憶』(かもがわ出版)、他。東京都在住。
————————————————————————————

 

取材の経験を提供することで、新しい視点を提供することが仕事

 

フォトジャーナリストをやっています。写真を撮って何かを伝えるというのがフォトジャーナリストの定義だと思うのですが、僕の場合は、もう少し広く、写真以外でも文章や話を通じて伝える、その伝えるという目的の中で、写真に一番重きを置いた活動をしているということになります。

 

フォトジャーナリストといっても耳慣れないと思いますが、テレビや新聞などに所属しているカメラマンと違い、こういう仕事をやりなさいと言われる訳ではなく、自分自身に興味があるものに向かっていって、それを伝えることによって一石を投じることができないか、何かしら世の中に良いきっかけを提供できないかということを自分なりに見出していくことを仕事にしています。

 

主にフィールドにしているのは、海外の発展途上国の様子、紛争、貧困、差別、大きな社会問題を扱っています。それらの取材を通じて得たことを日本に持って帰ってくることによって、色々な新たな視点を手に入れて欲しいと考えています。

 

例えば、アフリカの紛争を伝えることでアフリカの紛争をどうにかしようと直接の投げかけをするよりも、何かその状況から学んで、日本の中で、自分たちの生活の中で、何か変えることができるのではないだろうか?といった自分の人生を見直すきっかけにしてほしいと考えています。(勿論、興味を持ってくれた方が増えてくれて、最終的に、現地の問題の解決に貢献することができることを望んでいます。)

 

最初は、アフリカがフィールドだったのが変わりつつあります。そもそもこの仕事に就く前に、アメリカのNGOで活動していて、ザンビア共和国にてHIV予防の仕事をしていました。その背景もありましたので、アフリカのことを伝えるという仕事をしていました。そこからご縁を頂いて、中東、フィリピン、東ティモール、2011年以降は東日本大震災の被害を受けた陸前高田市など、同じテーマを持ちながら、ご縁があるところに関わっています。

 

本当にそうなのだろうか?疑問を感じるきっかけに直面した9.11

 

世界の問題、戦争の問題をビビッドに感じたのは、高校三年生の時の9.11でした。あれを見た時に、すごいことが起こったと高校生ながら思いました。世界ががらりと変わる転換点になったかと思います。テロが起きてすぐ、アフガニスタンのテロリストが自由の国アメリカを攻撃したというニュースが報道されていました。報道の内容は、テロリストという悪魔のような人たちがいて、私たちの平和な社会を壊そうとしているというものでした。中東の野蛮な宗教を信じる野蛮な人たちが僕たちの幸せを壊す。そういった偏った報道だけが世の中を埋めてしまったように感じました。

 

でも、本当にそうなのだろうか?というのが当時の僕の素直な思いでした。自らの命も失ってしまう自爆テロ、自分の命を投げ打ってまで誰かを殺したい、何かに復讐したいとかってどういうことなのだろうか。

 

少し調べてみれば、アフガニスタンという国はそんなことが起こるはるか前から、アメリカやロシアなど、大国のパワーバランスのせいで蹂躙されていた国だとわかります。街が破壊され、人が殺されてきた、攻撃されてきた側の歴史がありました。例えば、もし僕が、ある日、平和な生活をしていた中で、自分の大切にしていた人がどこかから飛んできたミサイルに吹き飛ばされて肉片になってしまう・・・・それも良く分からない大国のパワーバランスという理不尽な理由で・・・・そんなことをされたら、僕だって、憎悪に駆られてしまうと思います。飛行機を奪ってまでと言わないまでも、自分の命を落としてでも、だれかに復讐したい気持ちに駆られるであろうと。それは、人間として当然の感情なのではないだろうか。

 

そう思った際に、テロリストという人たちを単に悪魔と決めつけて、僕ら、西欧列強と日本の価値観を正しいこととして対テロ戦争だと世論が動いていくことに気持ち悪さを感じました。

 

様々な不条理に気づく。同時に、インドの体験がもたらした、
「未知のものをもっともっと見てみたいという思い」

当時、アフガニスタンに興味がありましたが、高校生の時には何もできませんでした。その為、その当時に興味があった、音楽の道に進みもうと思い、大阪芸術大学音楽学科に入学をしました。ただ、大学に入ったものの、もやもやは残っていました。

 

音楽に限らず、色々な表現活動をする全ての方に共通だと思うのですが、自分の中に確固とした言葉が必要だと考えています。それが、平和、愛、人間理想であったり。漠然としたものでもいいと思いますが、世の中の不条理なものに対しての訴え・大きな声を作品に託そうと思っても、僕自身の中にその言葉のきっかけになるものが何もなかったことに気が付きました。

 

例えば、戦争のようなものが始まり、中東で爆弾がたくさん落とされたりする状況や、紛争のニュースを見ても、平和って何なのかわからないし、戦争も同様に分からない、愛、正義など、言葉だけは知っていても、僕の中で体現できる血肉が通ったものではありませんでした。何か上っ面のものだけでは作品が作ることができないなという思いが強くありました。そこで、大学を2年で中退して、世の中を知らなくてはいけない、それも書物で学ぶのではなく、体でぶつかっていかなくては感じられないものがあるのではないかと思い、東京に出ました。

 

東京に出てきて、政治・経済・英語の勉強をしたり、実際に行動してみたりしました。やればやるほど、世の中の不条理に気づいていきます。僕らの国は、平和が保たれて、他の国で人を殺すわけではないと言われていますが、実は、ものすごく大きな視点で見た際に、直接、銃弾や爆弾で人を殺していなくても、経済的な機構の中で圧倒的に人を殺している生活をしている。しかも、罪悪感を感じることなく。

 

僕らが1日生きる為に、先進国の生活を保つ為の必要なものを供給する為に、実は地球の裏側で圧倒的に搾取されている人がいる。自分で目の前の人を殴り殺すのとは違って、普通の生活をしているだけで、誰かがそこに不幸になっていくという現実があります。

 

一個の国の出来事ではなくて、地球規模ででそういうことが起きています。それは、言ってしまえば、鬱屈した関係、いじめ、一方的に強いものが弱者から吸いあげる構造です。グローバルな視点からいうと、格差や貧困の問題になりますし、ミクロの視点で言うと、僕らが差別したり誰かを見捨ててしまったりする、「倫理的になることが出来ずに欠けている何か」と直結していると思いました。

 

そういった思いに至る中で、もっとそういうことを知らなくてはいけない、特にいわゆる発展途上国と呼ばれる方々と自ら接してみないといけないなと感じていました。

 

同時に、その時期に、バックパッカーで世界を回ってみる経験もしました。世界の中で見たかったものは、未知のものと触れてみたかったということが一番大きいですが、それと同じくらい、世界の中にある命の価値観を知りたいという思いがありました。

 

生きる/死ぬとか、日常的に人がリアルに肌感覚で考える機会はないかと思います。死はリアルなものなのに、日本の中にいると、ものすごくオブラートに包まれている。小さいころからそれが気持ち悪かったです。僕は、元々、4人兄弟。弟を病気で亡くして、姉を自殺で亡くしています。身近で人がなくなるということを、兄弟の他にも、経験してきたことがありましたので、生きるとか死ぬとかを考えざるをえないという状況だったのですが、日本の中では、そういう話をする機会がありません。

 

日本では、毎日、何百人も死んでいるのに、生と死と触れる機会がない。でも、それって普通のことなのだろうか?僕が思っている生と死の価値観は、数多ある価値観の中の単なる“価値観A”に過ぎないのではないか。日本の価値観は広い世界の中で本当に一部の価値観なのではないか。それを知りたいという欲求がありました。

 

バックパッカーで巡っている際に、インドに行きました。インドを舞台としている、遠藤周作さんの深い河というのがあるのですが、その舞台になったバラナシを訪れました。バラナシというのは、聖なる街で、聖なる河のガンジス川が流れています。輪廻転生という考え方の中で、罪を洗い落とすため、川で罪を清めることで解脱が出来る・・・・そのような悠久からの価値観を持った方が住んでいるところでした。

 

インドの遠くから、病気を患った方が、バラナシを訪れ、行き倒れて死んでしまいます。それを僧侶がかついでいって、川岸に連れて行って、櫓(やぐら)のような木で組んで、そこに遺体を入れて焼きます。その遺体を焼き切る前に、川に流す。それがぷかぷかと流れる。ガンジス河のどこかで引っかかって野良犬が食べている。その近くで人が生活として暮らしている

 

その光景を見た際に、日本と死生観の距離が全然違うと衝撃を受けました。遺体に対する価値観も生死に対する価値観も全く違う中で、死が忌むべきものではない、人間は自然の中で一部を担っているものではないのではないかと思わせてくれました。

 

人間をものすごく小さく見せてくれるもっと大きな景色が見えた気がしました。もっともっと色々なものがあるかもしれない、もっともっと本にも載っていない、誰も見ていないものを見てみたいという思いを持ったことを覚えています。

全3ページ 1 2 3
ライター: