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2016.09.14.Wed

“夜の世界”の孤立に立ち向かう/風俗嬢のセカンドキャリア支援を続ける Grow As People 角間惇一郎さん インタビュー(1/2)

今回のチャリツモは、“夜の世界”と言われる性風俗業界の特集です。貧困、スティグマ、DV、ストーカー、性暴力、育児などなど、さまざまな問題を孕んでいると言われる性風俗業界。でもその実情はなかなか表社会で取り上げられません。

そんな性風俗業界の課題解決に取り組む団体の一つに、一般社団法人Grow As People(GAP)があります。GAPは風俗で働く女性たちが抱える“40歳の壁”を問題視し、風俗卒業後の就労を支援する“セカンドキャリア支援事業”などを展開していることで知られています。今回チャリツモでは、GAPの代表・角間惇一郎さんにインタビューを決行。彼らがどのような問題意識で、いったいどんな支援事業を展開しているのかお話を伺いました。

 

GrowAsPeople代表・角間惇一郎さん

GrowAsPeople代表・角間惇一郎さん

 

チャラい自分を、本当に恥ずかしく思った。

よろしくお願いします!
まずは角間さんが風俗業界の問題解決に取り組むことになったきっかけを教えていただけますか。

僕はもともとは建築業界にいました。なぜ建築業界にいたかと言うと、『カンボジアで小学校を建てる』というような社会貢献が流行っていた頃で、建築ができればカンボジアで小学校建てられるんじゃないかというような安易な思いからだったんです。そういう社会貢献的なことを言っていれば、周りの人たちが「すごいね!いいね!」と言ってくれた時代なので、そういう“チャラい”感じで建築をやっていた時代がありました(笑)。

でも結局そこでなにすることもなく、カンボジアに行くこともなく、普通に建設会社に勤めてた。
そのまま普通にサラリーマンやってればいいんですけど、SNSとかが流行ってきたせいで、「なんかやらなきゃカッコ悪いな」という浅はかな思いが芽生えてしまい、当時住んでいた埼玉県越谷市でまちづくりのNPOを立ち上げたんですね。当時越谷にはイオンレイクタウンっていうディズニーランドよりも人が来る大きなショッピングモールができた時期。僕らのまちづくりNPOは課題意識ゼロのまま関わらせてもらうことができました。イオンもモールを通じたまちづくりに力を入れ始める転換点だったので、ラッキーなことにイオンや市からお金をもらって事業ができちゃった。そんなこんなでサラリーマンをやりながら土日は副業でNPO。これが2009年〜2010年くらい。当時は震災前で環境教育が注目されてて、プリウスがよく売れた時代。だから僕らのNPOでも「古着のリサイクルイベントやろうぜ!」とかチャラチャラした感じでした。

ところが2010年の7月27日に開催したイベントに、たまたま地元越谷の風俗店(デリヘル)のオーナーが来ていて、イベント後に名刺を渡されたんです。初めは「誰だこいつは」と思いながら、なぜ来てくれたのか話を聞いてみた。彼ら風俗店のオーナーは毎日女の子たちを面接したり、面倒を見たり(業界ではマネージメントという)してコミュニケーションをしている。当時彼は5年くらい店をやっていて、いろんな女の子をみていた。25歳で入店したある女の子(キャスト)は当時30歳になっていたけど、その過程で子どもを産んでいる。でもなぜか1週間事務所に寝泊まりをしてる。子どもはどうしたのか聞くと、24時間営業の保育園に1週間預けっぱなしと返答され、「すぐに迎えに行け」と言ったり。夜中に携帯が鳴ったと思ったら「家で子供が生まれそうだ。どうしたらいいか」という女の子からの電話。「すぐに救急車を呼べ」と言ったり。面接をすれば明らかに誰かに騙されてる子や、貧困でやばくてって言う子や、いろんな子が来る。そんな光景を日々目にしていて「本当に日本が終わると思った。」とそのオーナーはぼやいていた。僕はその話を聞いてショックを受けました。

僕にはそれまでに浅はかな“カンボジア”の時代と、“まちづくり”の時代があったわけです。それらを課題意識ゼロでやってしまっていた。人から褒められるし、流行っているしっていうノリでやっていた。環境がーとか、途上国がーとか言って、SNSで「いいね!」なんて褒められていい気になって。でもその一方でアンダーグラウンドの中にいた人が、日本の未来を憂いている。それを見て本当に恥ずかしくなっちゃって。

さらに彼と会った後に大阪で二児遺棄事件っていうのがあった。記号化されたワードが盛り込まれていた事件でした。大阪、シングルマザー、ホスト、風俗、餓死。あの事件に対する反応は多くが「子供がかわいそう」だった。もちろん、子供は可哀想なんです。でも僕が気になったのは、あの事件の母親が勤めていた風俗店のオーナーは彼女の悩みをキャッチしていたのかなっていうこと。

そこでいよいよ夜の業界って問題ありそうだぞと思い始めた。そして内情を知りたいと思ったんです。まちづくりをやっていたころからいろんなNPOに首を突っ込んでいた影響で、現場を知らなければ何もできないっていう考えはあったんです。今でも大事にしているのは「時計を見て、自分が何かを届けたいと思っている相手がどこで何をしているかを想像できないと、何をやってもうまくいかない」という言葉。だからサラリーマンをやめて、その風俗店のオーナーのところに行ったんです。「仕事辞めてきたんでなんか仕事ないですか?」って。そしたら「じゃあうちで働く?」ってことになって2年ほど風俗店に勤務することになりました。当時お店が事務所移転のタイミングだったので、建築業界の経験を生かして新事務所の図面を引いたりさせてもらいました。

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