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自死遺族という言葉を聞いたことがあるだろうか?(インタビュー:NPO法人セレニティの代表田口さん)

自死遺族という言葉を聞いたことがあるだろうか?近年、自死される方が依然として多くいらっしゃる中で、残される遺族も増えているのは当然の事実である。しかし、自殺予防対策が声高に叫ばれている中で、自死遺族の存在はあまり話題にならないのではないだろうか。自死遺族に寄り添い、支援を続けるNPO法人セレ二ティの代表田口さんに自死遺族の取り巻く状況をお伺いした。

 自死遺族への差別が知られていないという事実に衝撃を受けました。

ー 改めて、どのような活動をされているのか教えてください。

私自身は、自死遺族への講演活動を中心とした啓発活動をしています。啓発について取り組もうと考えたのは2年以上前です。NHKの「日本のこれから」という討論番組に出る機会があったことがきっかけです。教師から自死遺族ということで受けた差別を番組で訴えました。すると、たまたま番組に出ていたある女性(後でお伺いしたら自殺未遂の経験があったみたいなのですが)からご連絡を頂いて、「私はあなたの発言に衝撃を受けました、私は自死遺族への差別があることを知らなかった」と伝えられました。すごい衝撃でした。私や他の遺族の方は、実はすごく苦しんでいる問題です。これが一般的に知られていない状況は良くないのではと思い、自分から発信していこうと思ったんです。

ー 私もお話をお伺いする前は、自死遺族に対する差別・偏見があるという事実を知らなかった、意識したことはなかったのですが、具体的にどのようなことが発生しているのでしょうか?

分かり易いものは珍しいです。遺族自身も被害妄想的になっているところがあります。自死ということを言ってはいけない、ということを家族から言われたり、愛情が足りなかったから自死に至ったんだというような形で…。わりと宗教者からの差別も多いです。差別的な戒名を付けられたりだとか、キリスト教は仏教よりも厳しくて、自死した方の葬儀は教会では上げられないとか…。おそらく自死を防ぐためのものでもあるとも思うのですがね。あと、一番問題になっているのは賃貸物件で自死した場合ですね。遺族が法外な損害賠償を吹っかけられたりするケースがあります。具体的にとなると細かいことはたくさんあります。例えば自死したことで会社が迷惑を被ったから退職金を払わないとか。「迷惑をかけた」という言い方が非常に多いと思います。

-周りもそのような表現をしてしまうことが多いし、過剰に受け取ったり、責任を感じてしまう遺族が感じてしまうということですね。

逆に、遺族自身も差別がある訳です。

遺族自身にも、差別がある。

-自死遺族の方が他の自死遺族の方に対して差別をしてしまうということですか?

これは私の考えなのですが…自死遺族に対する差別というものが日本人に元々あったのではないか思うんです。もちろん良いとは言わないですが、こういうものなんだというイメージがあると思います。それが自分に発生した場合、今度は自分にその偏見が向いてしまうということではないかと考えています。遺族は「まさか」という訳ですよ。自分の家族にそんなことが起こるとは思ってないんですよね。自死される方は、悟られないように亡くなられることが多いんですね。そうすると、今まで他人事だと思っていたことが自分に向けられてしまうのです。

-そういった差別や偏見に対して遺族の方は、どのように消化するのでしょうか?

本当にご遺族の数だけケースがありますし、亡くされた方の立場によってもかなり違ってきます。伴侶を亡くされた方、お子さんを亡くされた方でも違うので、一慨にまとめられるものではないです。

ただし、借金は別の話かもしれません。自死される方は基本的に色々なことを隠そうとするんですよね。抱え込む方が多いので、自死された後に、そういった現実的な問題が発生することが多いです。そして、弱みに付け込まれる場合もあります。自死遺族も「いけないことをしたんだ」という印象を基本的には持っていますので、法外な損害賠償や要求に対しても呑み込んでしまうケースもあります。

あとは、見捨てられた感じというのもあります。生きれる可能性があったのになぜ?という疑問が常につきまいます。そして分からない原因を探してしまい、自分にその原因が返ってきてしまうのです。ある遺族は、客観的にみるとどう考えてもそれが原因ではないという細かいことに対しても、自分が言ったことが悪かったんじゃないかという思い込みに駆られ、そして苦しまれています。

もうひとつ大きいのが薬の問題です。医療につながることによって、もともと精神的に弱い方は精神科にかかるケースがあるじゃないですか。そのことによって、色々な薬を投与されて、そこで突発的に飛び込んでしまうケースもあります。

自死遺族の癒しの場としての“分かち合いの会”

-個別にそれぞれ事情が違うと思うのですが、まずはそのような問題があるということを伝える部分が大事だと思います。そのなかで自死遺族の方と「分かち合いの会」もされていらっしゃると思います。そういった手法でご遺族自身の偏見を解消していくことをお手伝いされていらっしゃるのでしょうか?

アルコール依存症などの療養方法として使用されるものとして、その仲間同士がつながる自助グループを形成して「分かち合い」をすることで治療していくものがあります。その自助グループでは、言いっ放し、聞きっ放しで、会話というよりは、自分が話をしたいことを話すという場です。同様の手法で、自死遺族のグループでもやってみたのですが、非常に癒されました。体験をしていない方と話をすると、否定されたりしてどんどん話をしなくなるのですが、同じ体験をされた方と話すと、「それは私もある」とか、「それはひどいね」とか、今まで自分だけだと思っていた思いこみが融けて行くんですね。そういう経験から「分かち合いの会」をしようと思いました。

-自死遺族の方の自助グループである分かち合いと、一般的な自助グループとの相違点はありますか?

やはり立場が違うと感じ方が違いますし、なかなか共有感が持てない。悲しみ比べとか言うんですが、「●●が辛かったとか」とか自分の体験を話をしても、さらに傷ついてしまうケースがあります。だから私は遺族の分かち合いの会ですごい救われたのですが、やっていてさらに傷つく方がいるのは事実です。でも、やることに意義があると考えていますので、月1回で開催するようにしています。

- さらに傷つく方がいるなかで、気を付けていることはありますか?

なるべく、Iメッセージで言うようにしています。相手を絶対に否定しないようにはしています。ただ、そのようなルールを掲げていても、辛いときには機能しないこともありますね。

- 自分の体験を話したりすることで、自分の偏見が解消されるケースがあるということですね。

そうですね。ただ、そこに来れている方は余裕がある方なんですよね。今の問題はそこに来れない方ですね。一番大変なのはそこに来れない方なんです。

- そこは、機会を知らないことが多いのですか?、それとも余裕がないのでしょうか?

あることを知っていたとしても、行かないと思います。

自分の住んでいる町に機会があったとしても、あえて隣町に行きます。地元の方に会ってしまうから行かないということがあります。私もそうなのですが、山口県の地縁や血縁が濃い場所で暮らしていたので、「●●町の●●さん」というと分かってしまうんですよ。私の母も似たような機会があるという話を聞いていたみたいなのですが、行かなかったですね。

- それでも分かち合いの会には参加した方がきっといい効果があるんですよね?

そうですね、やはり、普通の病気や事故などでお亡くなりになられた遺族の方は思い出を話するじゃないですか。こうだったよね~とか、それがグリーフワーク*になっている訳です。でも、自死の方は家族内で一切そのことを話さないんです。思い出すのが辛いから。でも、そうするとどんどん話をしてはいけないというようになってしまうので、過去のものにならないですね。
*グリーフワーク:身近の大切な人やモノとの死別時に遺族が受ける大きな悲しみでと、その悲しみから立ち直るまでの一連の心のプロセスをいう。

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自死遺族への社会的なサポートが”無さすぎる”ことは知って欲しい。

-来れない方が一番大変な可能性があるという話の中で、そういったケースをなくしていく為の自死遺族の方に対する偏見や差別が社会的にあるということを伝える啓発活動だと思うのですが、いつか自分がその立場になりうることを知っていることが事前の予防策なのではないかと思います。啓発活動をされていて何か気付きはありますか?

当初は「自分の周りにはいない」ということを言われて、それはそうだろうなぁと思っていました。でも啓発活動を進めてみたところ、意外に多いなというのが最近の感想です。

先日、山梨県の自営業者向けにワークショップを実施したのですが、半数以上がご家族でないとしても友人が自死でなくされている方がいらっしゃったんです。自分が思っている以上に、周りが自死で亡くされてしまう方が多いということが意外でした。あと、いま未遂をしようとしている方が、私の話を聞いて「遺族がこんなにずっと苦しむとは思わなかった、自殺するのを辞めようと思った」という感想をくれたことがあります。

-自死遺族の方に対して、社会的にサポートが足りないと実感するケースがあるのではないでしょうか?もしあれば教えて頂けないでしょうか?

サポートがなさすぎると思います。自殺に関しては、語られないことになっているということを非常に感じます。やっぱり忌み嫌われることなんだと。自死遺族をサポートする必要性を感じられていないですし、極端な言い方をすれば、勝手に自分で立ちあがれよ、と言われているように感じます。実際、遺族はそう思われている方が多いです。

ようやく自殺防止に関しては、社会的な問題として捉えられ出したので、最近は社会的なサポートも盛り上がっていると思いますが、遺族の方に関しては、全くないのが現状です。別に何かを上乗せして欲しい訳ではないんですよ。マイナスな所が多すぎるから。例えば、自死したことで負の遺産を押しつけられること。ただ、病気や事故と同様に対応して欲しいだけなんですよ。

-自死だから金銭的な保障を受けられないとかがあるということですか?

そうです。あとは、法外な損害賠償を請求されたり、サポートを受けられないケースとかですね。自死も他の死と一緒に扱って欲しいと思います。とにかく特別な死だと思って欲しくないと思います。

-最後に、この問題を知った方にどのように関わってもらいたいとお思いですか?

周りにそういう方がいらっしゃったら、励まそうと無理にせず、何か助けて欲しいことがあれば言ってね!というように寄り添って頂ければ嬉しいです。勿論、活動資金のサポートもあれば嬉しいですね。

インタビュイー
田口まゆ ( たぐちまゆ )さん
NPO法人Serenity(セレニティ) 代表

心理学や人間関係学を学びながら、2000年ころから依存症問題の自助グループに関わる。
自死遺族当事者として社会からの差別偏見を受けた経験から2011年4月に自死遺族に対する差別偏見をなくすためにNPO法人Serenity(セレニティ)を設立。代表兼自死遺族当事者として各地で講演活動や月に一回都内で「死の差別偏見について語る」という分かち合いの会を開催している。

・メディア:NHK「日本の、これから」「おはよう日本」、週間女性、佛教タイムス、「自殺を防ぐためのいくつかの手がかり~未遂者の声と対策の現場から」渋井哲也著河出書房新社

・講演実績:宇都宮大学、駒澤大学リビングライブラリー、獨協大学ヒューマンライブラリー、東海大学、八王子合同法律事務所、反貧困世直し集会、door~心のドアを開けよう、その他

3月23日、今回お話いただいた田口さんをゲストに迎えて、「自死」について思いを馳せる、分かち合うイベントを開催します。ご興味のある方はぜひご参加ください。

【3/23開催】ソーシャルスタンド #5 自死遺族へ寄り添うことについて、聞いてみよう、考えてみよう

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